個人開発から起業へ。投資家の心を掴む「泥臭い課題」の見つけ方──1450万ドル調達のAIに学ぶ資金獲得戦略

公開: 2026年2月21日
更新: 2026年2月21日
読了時間: 約6分
個人開発から起業へ。投資家の心を掴む「泥臭い課題」の見つけ方──1450万ドル調達のAIに学ぶ資金獲得戦略

毎日流れてくる「海外AIスタートアップの大型調達ニュース」を、「すごい技術だ」とただ消費していませんか? 本記事では、決算資料づくりの手作業を消すAI「InScope」の1,450万ドル(約21億円)調達のニュースを解剖します。ここから見えてくるのは、最先端の技術力ではなく、個人開発者が起業し、投資家の心を掴んで資金を獲得するための極めて現実的な「勝ち筋」です。 ニュースの裏側にある“B2B投資のリアル”を読み解き、あなたの次のプロダクト開発や起業戦略にどう落とし込むべきか、具体的なアクションプランに変換してお届けします。

A) 結論

このニュースは、「AIの真の価値は派手な文章生成などではなく、現場の“泥臭くしんどい手作業”を確実に消すことにある」という事実を示しています。 InScopeは、決算資料作成において発生する「表の数字確認・表記ゆれの修正・書式の統一」といった面倒な作業を自動化し、シリーズAで巨額の資金を調達しました。これを個人開発の視点に翻訳すると、今後の勝負を分けるのはAI自体の凄さではなく、「その仕事を実際にやった当事者としての経験(どこが痛いかを知っているか)」と、「プロが安心して使えるUI(変更履歴や根拠が追える設計)」を作れるかどうかに集約されます。

B) 何が起きた?(事実要約)

2023年に創業したInScopeは、企業や会計事務所が決算・財務資料を作成する際の「手作業」を削減するAIツールを提供しています。創業者のMary AntonyとKelsey Gootnickは元・会計実務者であり、彼女たち自身が「スプレッドシート、Word文書、メールを何度も往復し、資料が継ぎはぎになっていく」という業界特有のペイン(痛み)に直面し続けたことが起業の原点です。

今回、同社はNorwestをリード投資家として、シリーズAで1,450万ドル(約21億円)を調達。既存投資家のBetter Tomorrow VenturesやLightspeed Venture Partnersらも参加しました。

プロダクトの現状は、財務諸表を「ゼロから完全に自動生成する」魔法のツールではありません。しかし、「ドル記号やカンマの位置を揃える」「計算ミスがないか検算する」「書式を整える」といった、担当者の時間を確実に奪う作業を幅広く自動化しており、これだけで作業時間を最大20%削減できるとしています。直近12ヶ月で顧客基盤は5倍に急成長し、米国の大手会計事務所にも導入されています。

C) なぜ重要?(投資家の心を掴む法則)

  1. 資金が集まるのは「すごい技術」ではなく「確実な実利」

    シリコンバレーのVCが見ているのは「AIの技術的凄さ」ではありません。InScopeに資金が集まった理由は、企業の現場で確実に時間を奪っている“泥臭い手作業”をピンポイントで消し去ったからです。派手な機能よりも、導入したその日から「残業が減る」という実利こそが、企業(顧客)の財布と投資家の心を同時に開きます。

  2. VCを説得する最強の武器は「現場の解像度」

    リード投資家がInScopeを高く評価した最大の理由は、創業者自身が実務者であり、「買い手の痛みを誰よりも知っていたから」です。複雑な業務フローをハックするには、外部の人間が想像で作るツールでは太刀打ちできません。「私自身がこの作業で毎月〇時間無駄にし、本当に苦痛だった」という原体験こそが、最強の競合優位性(モート)になり、投資家を納得させるストーリーになります。

  3. 「シリコンバレーの鐘」が鳴らす個人開発へのシグナル

これは希望のあるシグナルです。巨大な基盤モデルや汎用的なAIツールで大企業と戦う必要はありません。特定の業界にはびこる「スプレッドシートとメールの不毛な往復」を見つけ出し、その1工程だけを劇的に楽にする。それこそが、起業のアイデアを生み出し、初期の資金調達を勝ち取るための最も再現性の高いアプローチです。

D) 未来の見通し

【仮説】これからのB2B向けAIは「完全自動化」よりも、「人が確認・承認できる自動化」が標準仕様になる。

InScopeが賢いのは、「資料を丸ごとAIに作らせる」のではなく、検算や整形といった「ミスの温床になる部分」から潰している点です。会計や法務のような慎重さが求められる仕事では、いきなり全面自動化へ飛躍するよりも、「人が確認しながら、確実に作業が楽になる」アプローチの方が圧倒的に導入されやすくなります。

今後は、AIが出力した結果の「正しさの証明」が必須機能になります。「誰がどこを直したか」「その数字の根拠はどこか」という履歴が残ることが、“業務で使っていいAI”の絶対条件です。今後の競争軸は、AIの頭の良さそのものよりも、「AIが出した結果を人間が安心して採用できるワークフロー(確認・承認・履歴のUI)」をいかに美しく設計できるかに移っていきます。

E) 個人開発から起業への針路(具体的なアクションプラン)

ここからは、このニュースをあなたのプロダクト開発や起業準備にどう活かすべきか、具体的なToDoに変換します。

【アイデア捻出】専門職の「継ぎはぎのワークフロー」を探す
身近な業界や過去の業務の中で、「Excelからデータをコピーし、Wordに貼り付け、PDFにしてメールで送り、修正指示が返ってくる」ような分断された手順を探してください。その中の“1工程だけ”を劇的に自動化するニッチな道具が、起業の強力な種になります。
【ピッチ準備】「当事者の痛み」を数値化・言語化する
投資家や初期顧客に提案する際、「最新のAIを使っています」というアピールは捨ててください。「この業界では毎月〇時間がこの確認作業に消えています。私はそれを経験し、解決策を作りました」というリアルな課題の解像度を前面に押し出しましょう。
【プロダクト設計】「安心して使えるUI」を初期実装する
実務でツールを導入する際、顧客が最も恐れるのは「AIのミスによる事故」です。資金を調達できるレベルのB2Bツールにするには、初期段階から「変更箇所が一目でわかる差分表示」や「元データへのリンク」など、人間が確実にチェック・監査できる“安心のUI”を組み込むことが必須です。
【ターゲット選定】あえて「AIに慎重な業界」を狙う
会計、法務、金融など、ミスが許されない業界ほど、一度「信用できる」と認識されたツールは長く使われます。この高いLTV(顧客生涯価値)こそが、投資家が最も好むビジネスモデルです。最初から信用獲得を前提とした設計で、堅い業界のニッチな課題を狙い撃ちしましょう。

F) 注意点(この記事固有のリスク)

財務・決算報告はミスが一切許されない領域です。そのため、開発側が「AIが自動生成したからこれで完成です」とユーザーに丸投げするような設計は致命的な事故(地雷)に繋がります。必ず「人間が最終確認し、根拠を追えるフロー」を挟むこと。このガードレールを軽視すると、便利さがそのまま信用崩壊や損害賠償リスクに直結します。